在韓日系企業の経営現地化(2)

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前回のブログ「在韓日系企業の経営現地化(1)」では、

経営の現地化のニーズは高いが、ハードルも高いこと書きました。

今回は、本社から派遣された社長の悲哀について紹介したいと思います。

昨年、韓国GM (General Motors)の社長であるガゼム社長(豪州国籍)は「違法派遣」の疑いで起訴され、出国禁止措置となり、いまだ結論が出てない状況になっています。

過去8年余り続いている労組との交渉で、労組から監禁されたり、暴力を受けたりと酷い経験をされています。

そして、彼は「韓国には有能な人材が誰も来たがらない」とメディアにコメントしています。

在韓国外資系企業の社長選定での悩みを代弁していると思います。

日系企業の場合は、特に日韓関係という政治的な理由に加え、文化的な違い、韓国語の壁などさまざまですが、はやり刑事、民事の訴訟に巻き込まれるリスクが高いことが上げられます。

以前、私自身も関税法違反の疑いで税関から調査を受け、責任者として起訴される直前まで行きました。

ソウル税関での調査を受け、長い時間狭い部屋で尋問を受ける経験をしました。

依頼した弁護士さんの活躍で最終的には起訴猶予となりましたが、起訴猶予という記録はデータベースに残ります。

その結果、ビザの延長時や海外への出入国時には余計な時間が掛かる様になりました。

今はコロナ渦で海外出張はありませんが、以前は空港で電子ゲートが使えず、外国人専用ゲートで並ぶことを強いられますので、少々不便ですね。

まあ、不便なだけなら良いのですが、意図しない法律違反による罰金、禁固の罰を受けるリスクが残ります。

これまで、実際に有罪となった日系企業の代表の方も多数居られると思います。

韓国では法律が頻繁に変更・改正されます。

それゆえ、法律変更・改正に反対してデモをする人も自ずと発生します。

(これについては以前の関連ブログで書きましたのでご参考ください)

時にはそのデモの勢いで法律改正が延期になったり、撤回された事例も多くあります。

政府は、個人や企業がその法律変更にちゃんと対応できるかどうかは、あまり検討していない気がします。

企業として法律改正に遵守、準備対応するのはもちろんですが、突然の改正で準備期間が少なく上手く対応できない場合もあるでしょう。

また見過ごしによる過失もあると思います。

ということで、法律違反は企業ではリスクとして覚悟しておかなければなりません。

罰金だけならお金の問題ですが、禁固罰もあるとなると辛いですね。

(つづく)

在韓日系企業の経営現地化(1)

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前回のブログ「韓国の就職事情(4)」では、

私の体験から、採用の難しさの話をさせていただきました。

「韓国の就職事情」については、引き続き次回以降で書きますのでご期待ください。

今回は、テーマを変えて、「在韓日系企業の経営現地化」について書きたいと思います。

日本の外務省によると韓国に拠点がある日系企業は915社あり、本邦企業が100%出資した現地法人は473あります。(出所:外務省HP、令和元年10月1日現在)

その内、現地法人の代表を務める社長が日本人なのか、韓国人なのかは正確には分かりませんが、多くの会社が日本人駐在員によって経営されていると推測します。

多くの日系企業では、次の社長(代表理事)を日本人駐在員にするか、現地人にするか悩んだことがあるかと思います。

日本人社長は駐在員であるために、どうしても数年ごとに入れ替わる必要性があることと、韓国語の壁があり末端社員との直接コミュニケーションが容易でないことが挙げられます。

親会社の信認が厚い現地社員を社長に登用して、安定した経営を目指すことは、どの企業でも理想だと思います。

一方で、現地人の社長を採用したことで、横領、粉飾会計などの不正が発生してしまう事例が発生してしまうことも事実です。

私もこれまで、複数の類似の事案が発生したことを聞いたことがありますし、私自身も実際に直面し、その度に対処してきました経験があります。

この様な事案が発生してしまうと、その事実確認や懲戒審議、本人との交渉、その後の法的対応などと、非常に時間を費やすことになりますし、社内が混乱し、雰囲気も悪くなります。

本社の指導により、統制(ガバナンス)や監査をいくら徹底しても、完全に不正が排除できなのが現実です。

それと、現地幹部(特に代表)を据えたときに、出てくる問題が、経営の暴走とパワハラ経営です。

本社の方針を逸脱した経営暴走は短期的には収益を増加させることはありますが、長続きしません。

ここで言う暴走とは、完全には黒(不正)ではないですが、本社への答申・承認無しに現地社長が決めてしまう行為を指すます。

特に男性(さらにある年代以上の方)には、軍隊的なリーダーシップを発揮するケースがあります。

本人はカリスマという名のものとにまったく悪気がないのも特徴です。

例としては、大勢の前で大きな声で叱る、書類を投げるつける、机をたたく、男女・学歴・容姿についての差別的な発言をする、なんの整合も無しに重要な経営意思決定を朝令暮改し、下に押し付ける。

これらは、昔から会社では日常茶飯事でした。

私自身、現地人社長が部下にパソコンや灰皿を投げる場面に遭遇しましたし、自分に対しても書類を顔に投げつけられたこともありました。

こんなことも有ってか、韓国では昨年、勤労基準法(労働基準法)でパワハラ防止(韓国では職場内いじめ)の義務化がされました。

実態としては現状にそぐわなく、法律制定が先行している感があります。

今後、告発を受ける社長が増えなければ良いと祈るばかりです。

(つづく)

韓国の就職事情(3)

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前回のブログ「韓国の就職事情(2)」では、

日系企業にとって、優秀人材の確保は思いのほか難しいことを書きました。

この回以降では、私の採用についての体験を紹介したいと思います。

今回は、顧客の紹介によるコネ入社は扱いが難しいという事例です。

私の会社が属する業界は、いわゆる医療業界です。

顧客は病院・クリニックで、医師がエンドユーザー(最終顧客)となります。

韓国では医師は、弁護士と肩を並べ、地位が高く、最もレスペクトされるべき存在です。

医師の中でも特に大学病院の先生だと、医学部教授も多く含まれ、より地位は高く、最高ランクと言ってもいいでしょう。

ビジネスをする上で、そんな偉い先生たちと自ずと親しくなり、個人的な頼み事を受ける機会も多く発生します。

先生ご自身が「日本に訪問するから美味しい店教えて」とか、

私が「日本に一時帰国したらあれこれを買って来て」などなど。

(彼らの考える)私との親しさ(こちら側ではなく)に応じて、依頼レベルは上がってきます。

個人的にできることだとそれほど問題ないのですが、その中で、一番困るのが、子息をコネで入社させてという依頼です。

韓国ドラマを見ていると、社員間の話題として、「彼は社長の同窓の知り合いだから入社できた」とか、

「彼女は会社の大事な取引先の子女だから気をつけろ」とかで、

コネ入社する事例が見て取れます。

多分、韓国企業だとよくあることなのだろうと想像します。

一方で、私の会社の場合は、大事なお客さんである教授先生から頼まれたとしても、入社の権限は私ひとりにある訳でもなく、採用についての社内規定もあり、やすやすと引き受けることもできません。

かと言って、簡単に断ることも非常に難しいです。

なにせ、地位が最も高いと自負する教授先生が、私と親しい関係だからこそ依頼しているからです。

以前、ソウルにある大学病院医学部の教授先生から、ご自身の娘さんをぜひ当社に入社させてほしいという依頼を受けました。

私は、困ったあげく、人事部門とも相談して、以下の様に応えました。

「選考には最大限配慮するが、当社の人事制度に基づいて応募頂き、面接を受けて合格すれば入社できる」と。相当に事務的な云いようだと受け取られたでしょう。

そして、応募したその娘さんの結果は、残念ながら不合格でした。

私が先生に直接お会いし、申し訳なさそうに結果をお伝えたところ、「分かった」との一言だけの返答。

後日聞いたのですが、同じ業界の競合他社へ入社されました。

その後どうなったかというと。。。

この教授先生が関係している病院の購買案件は、すべて競合他社へ流れてしまい、

さらにアンチ当社の急先鋒となり当社の製品・サービスへの批判を広く宣伝する様になってしまったのです。

これぞ、韓国アルアルですね。

次回も続いて、私が体験した事例を紹介したいと思います。

Photo by Jill Burrow on Pexels.com

(つづく)

韓国の就職事情(2)

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前回のブログ「韓国の就職事情(1)」では、

◉ 財閥企業は高給が保障され、

◉ それゆえ就職口として人気が高く、

◉ 入社へ掛ける本人だけでなく家族の想いが強いが

◉ 全就職口のたったの1%という狭き門ということを

お伝えしました。

今回は、残りの99%の学生は、どうしているのかを少し考えてみたいと思います。

 就職の選択肢ですが、おおよそ9つに分類できると思います。

1.大手財閥へ就職

2.公務員として就職

3.大手財閥以外の有名企業への就職

4.外資系グローバル企業へ就職

5.中規模企業へ就職

6.日系企業へ就職

7.小規模企業へ就職

8.自営開業

9.就職浪人(非正規労働者)

10.失業

上から順番に所謂優秀な学生にとっての選択順位と考えて良さそうです。 


韓国は日本以上に学歴社会です。

SKYと云われるソウル大、高麗大、延世大をはじめソウルにある有名私立大学でないと、書類審査も通らない大企業も多いと言います。

それゆえ、優秀な学生とは単純に有名大学を卒業した人間であり、彼らは上から順番に、選別されてゆきます。

この様な背景で、日系企業にとっては、新卒採用はその企業の実力を試されることになるのです。

それは、

一つに、1~4にもれた人材が日系企業に応募することなり、履歴書や面接だけでは、なかなかその潜在能力を見抜けない

二つに、優秀だったとしても、入社数年でキャリアを積んで他社へ転職してしまう

三つに、優秀とは言えない場合はOJTなどに時間が掛かり、それでも解雇もできなければ、毎年昇給させなければならない

四つには、三つ目の人材の中で一定の割合で他社への転職が難しい故に、会社に居残り、仕事しない、報酬・福利厚生・仕事環境に文句を言うモンスター社員が発生してしまう。

最悪のパターンが発生しまうのです。

私も、これまで500人以上の面接をし、300人以上を入社させてきましたが、いくつもの失敗を繰り返してきました。

四つ目の問題児にもかなり悩まされました。

韓国特有の就職事情による課題も多くあると認識しています。

(つづく)

韓国の就職事情(1)

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先日、最大企業のサムスン電子の「実質トップ」に実刑判決が下りました。

一方で、サムソン電子の先月発表した2020年通期の連結決算によると、本業のもうけを示す営業利益は前年比30%増加し、売上高も同3%増でした。

新型コロナウイルス感染拡大などの逆風の中でも、営業利益は過去4番目、売上高は3番目の大きさです。

将来性を示す株価も、高水準を維持し続けています。学生の就職したい企業ランキングも変わらず1位か2位です。

サムスンは韓国で常に経済・産業の支柱であり、国民にとって誇りのある国家代表なのです。

トップが有罪で実刑になったことは相当な社会的なスキャンダルなのに、本業はそれに関係なく儲かって、株価も高く、学生からの人気が高い。。。


入社できたものなら、一族の誇りとなります。なんて大袈裟なんだ思いますが、実際のように感じます。

サムスンを筆頭に、LG、現代、SK、ロッテなどの財閥グループへの就職希望も非常に高いです。

一方で、全求人のうちそうした財閥系企業が占める割合は1%に過ぎません。 それゆえ倍率は非常~に高い。

入社試験の倍率はサムスン電子では700倍といわれています。

こんな財閥に就職したいと思うのは、本人もそうですが、それ以上に両親にとっては夢と希望です。

だからこそ、財閥に就職できるには、どうすれば良いかを考え、子育てと教育に熱狂するのは当然のことでしょう。

親たちは、この明確な子供の明るい未来のために、必死になり、時には犠牲になり、自らの人生を捧げるのです。。

(つづく)

韓国の民衆パワーは会社内では?

ブログへのご訪問ありがとうございます。

今日は、韓国の民衆パワーと同僚とのコミュニケーションについて書きます。

私の勤めている会社の事務所は、瑞草(ソチョ)区というソウルの中心街のすぐ西側にあり、そこには最高裁判所(韓国では大法院という)やソウル地検などの公的な建物が多く立ち並ぶ地域です。

日本でもよくニュースで目にする韓国の民衆によるデモ活動。70年代の安保反対運動を彷彿させるすごい勢いのあるあれ。

私の勤め先の前では、ほぼ毎日なんらかの抗議デモが行われ、大きな声や歌が社内までよく聞こえてきます。というか、会議や業務に支障あるくらい。。。

内容は、前大統領の復権を主張するもの、企業の不当解雇に不満を言うもの、政府の政策が間違っているとシュプレヒコールするもの、訴えはさまざまです。

行進して、声を発するのはもちろん、歌ったり、踊ったり、叫んだり、泊まり込みだったり、ローソク灯したり、仮設舞台を設置して多くの人数を集め講演したり、などなど、多様です。

よくもまあ、毎日あれほど訴えることがあるな~と感心するほどです。

それにしても、どこからそのエネルギーは来るのか? 

私の考える理由は、、、韓国では、個人が自分の権利を主張しても許される環境にあることです。

これが、会社内ではどうなるかと云うと、大企業では労働組合が組織され昇給の時期にはストライキが起り、中小企業でも労働環境の改善を要求してデモが行われると云ったように、労働者側の権利を主張する勢いは止まりません。

これらの主張が報われたのか、失われた20年で企業では昇給なしが続く日本を尻目に、在韓の日系企業の現地社員の給与は毎年数%アップが今も続いています。

この結果、今では日本から派遣された駐在員の幹部よりも、部下である現地社員の方が給与が高いなんて、ことも現実には発生しています。

抗議の効果ありますね。。

一方で、韓国では従業員を一方的に解雇することはできません。

韓国の労働法である「勤労基準法」では、雇用主が従業員に関して解雇を行う場合、「正当な理由」を明確にしなければならず、解雇の正当性を判断する場合、雇用主に非常に高いレベルの立証責任を求めています。

実質、明らかな法律違反による懲戒でもない限り、解雇は非常に難しいのです。

 だからこそ安心して会社に賃上げ、福利厚生の向上、労働環境の改善を訴えかけることができるのです。

まるで家族間で気にせず話すみたいにね。

そう韓国人にとって会社は安心して過ごせる家庭みたいなもの。広く言えば国家もそういう意味では、ウリナラ(われわれの国という意味)家族です。

昔は、(私の父の世代ですけど) 日本でも家族的経営と称して運動会や社員旅行を行っていた会社も多かったと思います。

でも欧米的経営スタイルが浸透して、この辺はまるで変わってしまいました。

ましてや、コロナ渦では、部内の飲み会さえできない環境で、ますます人との触れ合いが減少しています。

どうでしょう?

日系企業の幹部の方の中には、従業員による過剰とも思える訴えと毎年の人件費の増加に困っている方は多いのでは?

 これらの解決方法を探る上で、家族的な長期視点経営と欧米的な効率追求経営の良い点、悪い点を理解して、組み合わせてみては。。

ここに、なにか、ヒントが見いだせるのではないでしょうか?

自己紹介

こんにちは、タモスです。

ブログ訪問頂きありがとうございます。

私は、昭和44(1969)年2月6日に東京都中野区に生まれ、国分寺市で育ちました。

私立大学付属中学校に進学し、高校・大学と受験を経験せずに大学まで進みました。

高校、大学と受験を経験していないことで、覚えるだけの教育を受けずに済み、さまざまな事象の因果関係や本質を追求したいという好奇心を抱くことができ、進取の気性に富んだ学生時代を過ごすことができました。

高校2年時には交換留学で渡米し、一年間コロラド州のロッキー山脈の麓の町でホストファミリーと生活し、異文化の経験をすることができました。

日本人とは歴史観も道徳心も違う人たちと交わり、黄色人種としての差別も経験し、日本人としての誇りを持ちたいと強く感じ帰国しました。

大学では経済学部にて国際経済論を専攻し、卒業論文は「日米経済摩擦」を取り上げ、主体なき日本の政治・経済の批判的な論文を書きました。

大学在学当時は80年代後半でバブル経済華やかしき時期でしたので、大学生といえば、バイトや遊びで明け暮れる人が多い時代でした。一方で私は当時社交的ではなかったので、比較的にまじめに英語と専攻の勉強に取組んだように思います。

大学卒業と同時に三菱系の産業機器メーカーに就職し、希望通り海外営業部に配属されました。

プラント(生産設備・工場)輸出の海外営業として様々な国に海外出張する機会に恵まれました。特に韓国、シンガポール、インドネシア、サウジアラビアにはプロジェクトに携わり、これら出張先は今でも愛着がある国になりました。

29歳の時にもっと広い世界で仕事がしたいと、医療機器メーカーである今の会社に転職しました。同じくアジア担当の海外営業として、韓国、台湾、東南アジアなどを飛び回る希望の仕事環境を与えられました。

特に韓国は、三回の駐在を経て、累計12年間に渡り生活することになり様々な経験をすることができました。

一回目の駐在は35歳の時です。カメラ事業の子会社に一人で乗り込んで、医療事業の立ち上げに奮闘しました。

子会社とは云っても、日本人駐在員は唯一人。さらに会社では日本語も英語も通じない環境でした。

朝、出勤前に韓国語スクールに通い基本文法を学び、習ったばかりの文法と単語を業務で使いながら、なんとか仕事をこなす日々でした。お陰で、一年後には韓国語は業務で支障ないレベルまでになることができました。

事業立ち上げの仕事は、代理店から引き継いだ事業を自社へ移管しつつ、一人ずつ医療チームのメンバーを採用してOJTを通じて育成し、事業基盤を整えていきました。

事業基盤は、販売体制だけでなく、修理サービス、法対応(Regulatory Affair / Quality Assurance)の各機能も強化しました。

その結果、4年間で医療事業は軌道に乗せることができ、売上では三倍増を達成することができました。

二回目の駐在は4年間の本社勤務を挟んで、43歳の時でした。

今回は任せていた韓国人経営者の不正が発覚し解雇するのに伴い、事業の再建をミッションにする任務での赴任となりました。

健全経営と持続的成長と働き甲斐の会社作りを方針を掲げつつ、事業の再建に取組みました。

不正により解雇された旧経営陣とは裁判が5年間も続き、最終的に勝訴となりましたが、この間いろいろな問題が頻発しました。

旧経営陣からは嫌がらせで主要顧客である病院との不正取引疑惑を大手マスコミに告発されたり、税関からは不正輸入で起訴されたり、不当解雇で社員に訴えらえたり、代理店との賄賂疑惑で社員の懲戒処分が複数発生したりと予想を超える訴訟、告発事案が発生しました。

その都度法務、コンプライアンス、広報、財務、人事、物流の各部門を動かし解決を図ってきました。

これらの事案を通して、希少な経験をすることができました。

二回目の駐在7年間で社員数は三倍増となり、ソウル本社の移転、支店営業所を地方7都市に新規開所させ、修理サービス・トレーニングセンターも仁川市に新規にオープンすることができ、会社発展と事業拡大に大きく貢献することができました。

事業が安定したことを見て、韓国人経営者に託して19年4月にシンガポールへ異動となりました。私の責任範囲はアジア太平洋統括として拡大しました。

がしかし、一年も経たない20年4月に、三度目の韓国への異動を通達されました。またもや、韓国人部下の懲戒に伴う人事です。

もう二度と韓国駐在はないと思い安心していましたが、なんと同じ国に三回も駐在することがあるんだな~、ずいぶんと私に取って縁がある国なんだと通達を受けて強く思いました。

今もさまざまな問題が毎日のペースで発生しつつ、解決日々を過ごしています。

日韓関係は常に政治的に翻弄されつつ、それゆえに在韓日系企業の舵取りはどの国よりも難しいと感じます。

12年間さまざまな局面で味わった経験と乗り切ったノウハウを今後の人生に活かせればと思います。

どうぞよろしくお願いします。